パイプライン
想像力が働く限り、その想像は現実となる可能性をはらんでいる。
描く。イメージ画を何度も描く。描き終えたところでうっすらと、現実にある可能性を想像する。
イメージとはきっと、現実に還元したいもの。現実とはきっと、イメージが具現化されて現れた世界。
ソコには太いパイプラインが引かれていて、自由に行き来できるようにはなっている。
ただソコで、一つの壁に当たるだろう。イメージを神格化し過ぎてしまうという壁に。
イメージの神格化は人の足を鈍らせる。決断を迷わせる。更に突き詰めると、未来を剥ぎ取ってしまう可能性もある。イメージに正当性を持つことの出来ない、小さな、そして強力な歪みの存在。
そう、歪みは全てを否定する。
ふと思う。人は皆、歪みの奥にある正当性を後押ししながら生きているのだと。
一度後押しされた正当性は、諦めと吹っ切れた気持ちを携えながら動き始める。全てが手探りだが、最終目的はしっかりと把握している。
そんな後押しを今、自身に押すことが出来ているか。
小さな幸せに幸福の中枢を麻痺させられないような生き方。イメージと現実のパイプラインを改めて見つめ直す。