自画像という抽象画
話をしていると、それだけで素敵な気分にさせてくれる人がいる。勿論、その逆の人も。
自分もその両者を行ったり来たり出来ていれば良いなと思う。何らかの言葉を引っ掛けることの出来る会話を。
何故、素敵な気分になれるのか。
その時に思うこと。それはその人が出し惜しみなく人生を噛み砕き、そこにエンターテイメントなスパイスを加えて、物語を語ってくれるからだと。
それって、当たり前のようでそうではない。
人に何かを語れるまでの孤独を、ドコまで温めることが出来るか。
そう、自身の中に眠るモヤモヤとした感覚を凝視出来る。心に何度も自画像を描く。
それを出来る人が、その自画像を一枚一枚丁寧に出展してくれる。
或いは、一つの会話から描きかけの自画像を完成させようとする。他者を鏡として。
きっと、そこには理由を必要としない。素直な感情があるだけ。いや、その過程にすら孤独が潜んでいるのかもしれない。
そんな会話の後で、自分は今、どれだけの自画像を描いてる、描いてきたのだろうか。
見つけてみたい宝物に気づいた。そんな小雨日和。